2017年 07月 08日
途端に
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by sunao-bluelite
| 2017-07-08 07:53
2017年 07月 07日
心の中には
常に聞こえています。
弥陀の呼び声。
家族、友達、どんなに親しい人の声よりも
近くに聞こえているお呼び声です。
ご本願を仰げば、胸が一杯になります。
そんな毎日です。
上手に表現したいのに
ありがたい、としか表現できません。
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by sunao-bluelite
| 2017-07-07 14:24
2017年 07月 06日
分からん!
「ただ」が分からない!
「こんな思いをするなら、むしろ条件があった方が分かりやすい!」
などと、寝ぼけたことを言っていた私でした。
聞けない者が聞けるようになったのが救いではない。
分からない者が分かるようになったのが救いでもない。
先達は仰います。
助けるぞとあるを聞いて
助かるとなったのでない。
助けるぞの聞こえたままである。
聞かされる「助けるぞ」を
ただそのまま受け取るだけ。
聞かせるのは如来の願力。
不思議の願力。
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by sunao-bluelite
| 2017-07-06 19:49
2017年 07月 05日
阿弥陀さまとお釈迦さま
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by sunao-bluelite
| 2017-07-05 14:41
2017年 07月 04日
おがむ人
夕陽をおがむ人はいない」
どういう意味ですか?
と聞いたら、
お天道さまに「良い一日になりますように」
とお願いする人はいても
一日の終わりに「おかげさまで良い一日になりました」
と感謝する人は少ない
と教えて頂きました。
「おかげさま」の教えですね。
二つのことを思いました。
ひとつは同行善知識へのご恩。
今日こうして阿弥陀さまのご本願を聞かせて頂けるのは
教え導いて下さった御同行・善知識のおかげ。
教えて頂くときには頭を下げ
同じことを繰り返し繰り返し聞いて答えて頂いてたのに
過ぎてしまったら、感謝を忘れがちな私です。
いままでお世話になってきた方々とのご縁を
これからも大切にしていきたいと
あらためて思いました。
もうひとつは阿弥陀さまにお念仏称える時の心のこと。
阿弥陀さまに「何とか助けてもらおう」という
祈願請求の心
「すべて阿弥陀さまが用意してくださっていました」という
御恩報謝の心
の二つがあることを思いました。
阿弥陀さまの救いは、私が「阿弥陀さまとの取引」や「条件つき」で「獲るもの」ではありません。
無条件だった!
と私たちに知らせる阿弥陀さまのお約束です。
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by sunao-bluelite
| 2017-07-04 07:57