私がここに来たから

「如来」とは「まことの親がここに来た」ということ。

 我を信じよ
 我が名を称えよ
 我にすがれよ
 もう案じるにはおよばぬ
 私がここに来たから

「如来」の2文字の意味を
そのように教えて頂きました。




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# by sunao-bluelite | 2017-07-22 18:00 | Comments(0)

勧誘される

エホバの証人歴40年というおばさんが勧誘に来た。
エホバについて勉強する良いご縁だな、と思って
玄関にならんで腰を降ろしてじっくりとエホバの教えに耳を傾けた。
しっかりきいた。質問も沢山した。
聞いてびっくりしたことも沢山あった。
選民思想こそあるものの、

  天国や地獄はない。死んだら無になる。

え?!自分が想像していたのと違う教えでした。
思い込みは良くありませんね(笑)
そう感想を伝えつつ、こちらから仏様のお話しをした。

聞けば実家は浄土真宗で、ご本人は20歳からエホバだと言う。
「浄土真宗に失望したのですか?すばらしい教えですよ。」
と阿弥陀さまの話をしていたら、あちらから
「時間がないのでこれで失礼します!」
と去っていかれました。
でも、もともと浄土真宗だと言っていたからなぁ。
また話のつづきができますように(^人^)

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# by sunao-bluelite | 2017-07-20 18:03 | Comments(0)

動き出す

おまかせするから

動き出せる。

ぜんぶ自分で、と思ったら

動けなくなる。

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# by sunao-bluelite | 2017-07-19 08:20 | Comments(0)

子ども目線

三連休。
チビを連れて動物園に行った。
はじめての動物園。
チビがいちばん興味を示したのは
ライオンでもゾウでもなく・・・
園内の片隅に停められたトラックだった。
「ばしゅー!ばしゅー!」
「バスじゃないよ、トラックだよ」
いまハマっているのは車。大型車。

腰をかがめてチビと同じ目線になってみる。
子どもの目の高さであらためて動物園を見渡したら
目に入るのは柵ばかり。
これじゃあ、動物がいることは分からない。
「おっきなゾウに瞳を輝かせる我が子」
と親が期待するような、さもSNS映えするような、
シチュエーションは・・・皆無・・・であった。

動物が目にも入らず、興味もなければ、
さぞかしつまらないだろうと思いきや。
汗びっしょりになってチビなりに楽しんでいる。

来年、再来年と年を重ねるにつれて
チビの興味や行動はどう変わるのかなぁと思う。

親の楽しみが、またひとつ増えた。

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# by sunao-bluelite | 2017-07-18 20:12 | Comments(0)

音声法

いままで知らなかった言葉がけっこうある。
「音声法」というのもそのひとつ。

阿弥陀さまは、名号で私たちを救おうと考えられた。

では、名号で助けるとはどういうことか。
名号を称えて助かるのか。
名号を頂いて助かるのか。

お釈迦さまは「聞其名号」とお説きになり、

 名号を聞かせて(与えて)助ける
 というのが阿弥陀さまのお約束である

と解説された。

それを音声法と言われる。
音声によって助ける、ということ。
その音声とは「弥陀の呼び声」と言われるもの。

なぜ音声か。
それは自覚を起こすため。
迷いの夢をみている私の目を覚まさせるため。
阿弥陀さまのお慈悲の中にありながら、その自覚がなく、
迷いを繰り返している私の目を覚ますため。

  還来生死輪転家 決以疑情為所止

私に大慈悲心を自覚させることで、阿弥陀さまの救いは成り立つ。
つまり私の迷いが打ち止めとなる。

だから、阿弥陀さまの本心は
キリスト教のような「信じる者を助ける」
でもなければ
20願のような「称える者を助ける」
でもないし
十劫安心のような「すでに助かっている」
でもなければ
無帰命安心のような「何もしない者を、ただお助け」
でもない。

救いの法は

  「呼び声を聞かせて助ける」

であり、私の側からいえば

  「私」が「私でないもの」から自覚の働きかけを受ける。

となる。
それが呼び声、音声法である。

そう先達から教えて頂きました。

だから「呼び声」には「目覚まし時計」のような一面がある、
とスナオは頂いております。

ここは大切なところだと思っています。
もし私の理解に間違いがありましたら、
どうかご教授くださいませ。



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# by sunao-bluelite | 2017-07-17 18:52 | Comments(0)